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Pre-opera course

ボローニャ歌劇場来日公演レポート  (2023年11月5日)

公演終了後の東京文化会館 大ホール

東京文化会館 大ホール 2023年11月2日の東京文化会館 大ホールの掲示板 高級感あふれるプログラム

ボローニャ歌劇場来日公演レポート

11/2~5に実施された、ボローニャ歌劇場来日公演《トスカ》、《ノルマ》(東京公演)をレポートする。

今回の《トスカ》のタイトルロールはダブルキャストで、同じプロダクションでもマリア・グレギーナ、マリア・ホセ・シーリと2面を堪能することが出来たという事でも、面白みがある。マリア・グレギーナは、往年のオペラファンにはお馴染みで、90年代の豪華絢爛な引越公演のレギュラーアーティストとも言える。その実力は、ピークは過ぎたとは言え、居るだけで存在感が漂てくる。トスカは、彼女の十八番と言えるもので、見聞きしてきた歴史さえも思い出させるものがあり、その第一声Mario!から、立ち振る舞いがトスカそのものでした。対する、マリア・ホセ・シーリは、今や、世界中で引っ張りだこのDIVA!近年では、コロナ前の2015年の新国立劇場同役で、すでに実力は証明済で、安心して身をゆだねられるトスカを披露してくれた。来年も来日が決まっており、今後は深いスピント系の役をこなしていく予定との事で、今後も楽しみが増えた公演でした。相手役カヴァラドッシを演じたのは、久々の来日となった、マルッセロ・アルバレスで、こちらも、ポスト3大テノールの異名を誇った2000年代に一世を風靡し、ファンも多いテノールで、彼の苦労人過去を知るファンからは熱烈な視線を集めていた。今回の来日では、調子が良くないのか、強く、張ってしまう歌い出しやフレージングの短さなど、気になる点は残るが、しり上がりに調子を取り戻し、2日目では、往年の輝きを彷彿とさせる、Vittoria! Vittoria!が戻って来た。

そして、ドラマは、悪役が憎ければそれだけ悲劇が際立つ!という言葉の通り、警視総監スカルピア役のアンブロージョ・マエストリは、身体の大きさもさることながら、ブリランテなバリトンで、第1幕閉めのテ・ディウムでは、見事に合唱とオーケストラの大音量を劈いてみせ、圧倒的な悪の存在を見せつけてくれた。その憎らしさは、声が輝くほどに、増していき、ドラマトゥルギーを形成してくれた。2人のキャラクターの違うDIVAトスカを相手に、今回のトスカ公演の一番の立役者と言っても過言ではないと言えよう。

また、脇を固める堂守役:パオロ・オレッキアの存在も際立ち、第一幕カヴァラドッシのアリアÈ bruna Floria,では、アルバレスを際立たせるどころか、その座を奪う程のバリトーノであった。 今回は、脇役のセコンドが素晴らしかった公演でもあった。アンジェロッティ役のバローネ、スポレット役は、《ノルマ》のフラヴィオ役との二刀流で魅せてくれたアントニェッティが素晴らしく、総合芸術としてのオペラも堪能させてくれた。また、タクトは、マエストラ:オクサーナ・リーフニは、ボローニャ歌劇場の音楽監督で小柄ながら、大胆なタクトさばきで、調子が乗らない、アルバレスをリードしながら、オケをコントロールし、3幕アリアE lucevan le stelle…では、終盤に観客に拍手をさせないうまいコントロールでオペラそのものの喜哀の転調を見事にまとめ上げた。2日間とも充実の公演で、2023-24日本オペラシーズンは、《トスカ》公演が目白押しの中で、比べて見聞きする楽しさの爪痕を残してくれた。

そして、秀逸なのは、《ノルマ》であった。 今年は、マリア・カラスの生誕イヤーと言う事もあり、東京文化会館では、カラス展を開催していただけに、この《ノルマ》は、カラスと比べられる、辛くもうれしい、ロールだったのではないだろうか。

その大役を担ったのがフランチェスカ・トッドで、今を盛りと咲く花の様にリリックなベルカントを披露してくれた。Casta Diva, che inargentiでは、高音部だけでなく、中音部からの滑らかなベルカントは、聞くものを虜にしたことだろう。前回の来日の時のヴィオレッタ役と違い、新たな一面の発見となった。そして、相手役のポリオーネ:ラモン・バルカスもベルカントには定評があり、その実力は、折り紙付きで、近年のヴェルディなどの重い役ではなく、本来の絶妙な軽さを携えた持ち声の面目躍如であったのいではないだろうか。

そして、今来日公演一番のDIVAは、なんと言っても、我らが日本人メッゾ!アダルジーザ役:脇園彩ではなかっただろうか。トッドとの二重唱、ヴァルカスを交えての三重唱など、全ての点で、群を抜いて光っていた。持ち前の深い声と絶妙な軽さという一見矛盾に聞こえる透き通る声に加え、ベルカント唱法を完全に身にまとい、主役を食ってしまった。また、マエストロ:カルミナーティは、イタリアの魂こそ『ベルカント』である!と言わんばかりの縦横無尽なタクトさばきで、これこそイタリアーノの血肉になっているものだよ!と音楽で主張していた。

また、演出に転向したステファニア・ボンファデッリは、かつてその美貌と歌唱で日本でもファンが多い。ノルマの演出は、コンサバティブで、ガリア軍を華美に表現することなく堅実ではあるが、要所を抑え、写実的に表現したことが、好走し、音楽を邪魔せずにノルマの世界観にわれわれ観衆を導いてくれた。ラストの火刑台でのノルマ、ポリオーネの処刑シーンでは、ビックリした演出であったが、決して、オペラを邪魔することが無く、形而上的に昇華してくれたことも、収穫であった。近年では、我々も、読み替え演出、奇抜前衛演出にも、うんざりして、へきへきしていたところに、ボローニャからの刺客は、一石を投じ、ホッと胸をなでおろしてくれる公演でした。本公演は、11/7高崎、11/8愛知、11/10岡山、11/11滋賀、11/12大阪と続く、必見の公演である。

(坂田 康太郎 2023/11/5)

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